仁木順平は30才を少し過ぎた教師で人との深い付き合いもない灰色の日常生活を支えているのは昆虫の採集である。それも目的とする喜びは新種の発見であり昆虫図鑑に自分の名前が学名とともに書きとめられる事であり、その為に極めて地味な砂地に棲む班猫を選択している。
ある8月の午後大きな木箱と水筒を肩から十文字にかけ一人でS駅のプラットホームに降り立つと、山と逆方向に向かうバスに乗る。終点で降りて浜辺に向かい、砂地となる、いつまで歩いても海は見えず高い火の見櫓を中心とした小さな部落があらわれる。
彼は昆虫探しに夢中であるが村の老人に出会い老人は帰るバスは今日は終わりであり村で宿泊するしかないと言う。案内されたのは砂丘の稜線に接した穴の中の一つであり縄梯子で下りる。彼は結局穴の中の30前後の女の住む家に閉じ込められ脱出する為にあらゆる努力を重ねるが悉く失敗し女と部落民との捕われ者となるのである。
彼の家族と学校も彼にたいした関心がなく失踪届けも遅れて世の中から抹殺された形となる。村の生活源は塩分を大量に含んだ砂の販売であり、穴の中での女との生活が始まり食料、新聞、煙草と村人の手で穴の上から支給され女は内職も行って日常生活が営まれる。やがて女は妊娠したが子宮外妊娠で町の病院に運ばれる。
縄梯子はそのままになり自由に外に出られるようになるが砂の中からの溜水装置の発見に取り付かれて自由になる気持ちが失われていく。
彼は砂の底の限られた生活も、外の生活もそれなりに充足し何等変わらないことに気づき納得するのである。不思議の国のアリスのように不思議な世界に落ち込むがリアリティーに満ちたその筆力によって読者を作品の中に引き込むのである。
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