「方舟さくら丸」 安部公房

気の小さい中年男の主人公は原爆を恐れてノアの方舟をつくり、船出する為に乗組員の選定を行う。方舟は街中の下に広がる廃坑跡の広大な空間であり、そこに様々な装置を造り、設備を備えて食料も武器も備蓄する。乗船券も作成し第一号となる昆虫販売の男と販売の”さくら”となる男女の4人から始るがその後様々な出来事が重なり、仲々船出できないままこの計画は破綻する。主人公の彼は船中の便器の中に足を突っ込み脱け出せないままに仕掛けたダイナマイトに点火、船中の人々は原爆が落ちたと騒ぐが彼のみ外に脱出することになるが、出た街は透明に見え自分の手をかざすが透けて見える。自分が点火したダイナマイトだけでなく外の世界は原爆の投下で壊滅していたのかも知れないのではないかと受けとれる終わりとなっている。
例によって登場人物の設定は上手に考えられ、それぞれの個性が強烈に描かれており細部に亘る描写が実によく書き込まれているためにこの小説は成り立っていると思われる。現代の不安を見事に書き切る手腕は見事である。