出し物は通し狂言東海道四谷怪談である。
お岩は非道な男の犠牲になってうらみを抱いて死に、怨霊となって関係者にとりつく訳であるが、さして難しい役どころではない。この芝居で極めて重要となるのは悪人民谷伊右衛門である。悪の権化のような男に描かれているが、芝居上では彼の本当の心の中は全て窺い知ることは出来なかった。
人間どこが良いところや憎めないところがあったり、自分の意に反して状況に流されてしまうところがあるものだが。又は悪の匂いを芬芬とさせてその悪の魅力に人々が抗し切れない人物像も又ある。
伊藤家の孫娘お梅が伊右衛門のどこにひかれたのかはともかく当主の祖父喜兵衛が羽打枯らした一介の妻子ある浪人の伊右衛門の妻お岩に毒を盛ってまでして婿にすると決断するに至る根拠がいかにも乏しい。分別ある大人達とも思われない納得性のなさが物語の進行に無理を生むのである。
伊右衛門に人を悪に走らせてもと思わせる魅力が観客に解らせることが出来なければこの芝居は成り立たないのである。
染五郎は考えて役作りを行っているか甚だ疑わしい。通り一遍の悪人の演技に終始している。3役を演じた菊之助の与茂七、小平はともかくお岩は美しく、無難な出来と思えた。
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