「浅薄な歴史認識は何をもたらすか」2015年3月号「世界」(岩波書店)より

「世界」3月号「軽薄な歴史認識は何をもたらすか」より 

2014年5月30日安倍総理はシンガポールで開かれたアジア安全保障会議で基調講演を行った。
「国際社会の平和、安定に、多くを負う国ならばこそ、日本はもっと積極的に世界の平和に力を尽したい。『積極的平和主義』のハナー(旗)を掲げたい・・・・・自由と人権を

愛し、法と秩序を重んじて、戦争を憎み、ひたぶるに、ただひたぶるに、平和を追求する一本の道を日本は一度としてぶれることなく、何世代にもわたって歩んできました。

これからの幾世代、変らず歩んでいきます」


安倍首相は歴史問題に関する歴代日本政府の公式見解を知っているのだろうか。
1946年憲法前文に始まり、1972年の日中共同声明、1985年の中曽根首相の国連総会演説、1993年の河野官房長官談話、1993年細川首相の所信表明演説、1995年の村山談話等々である。


安倍首相のシンガポールでの講演は更に続き「新しい日本人はどんな日本人か。昔ながらの良さを1つとして失わない日本人です。貧困を憎み、勤労の喜びに普遍的価値があると信ずる日本人は、まだアジアが貧しさの代名詞であるかのように言われていた頃から、自分達に出来たことがアジアで他の国々が同じように出来ないはずがないと信じ、経済の建設に孜々として協力を続けました。

新しい日本人はこうした無私、無欲の貢献をおのがじし、喜びとする点において父、祖父たちと変りはないのです」と続く。


この歴史認識は靖国神社参拝に通ずるのである。靖国神社の発行するパンフレットには「日本の独立と日本を取り巻くアジア平和を守ってゆくために悲しいことですが、外国との戦いも何度かおこったのです。明治時代には『日清戦争』『日露戦争』、大正時代には『第一次世界大戦』、昭和になっては『満州事変』『支那事変』、そして『大東亜戦争、第二次世界大戦』が起こりました。・・・・・戦争は本当に悲しい出来事ですが、日本の独立をしっかりと守り、平和な国として、まわりのアジアの国々と共に栄えていく為には戦わなければならなかったのです」

靖国神社は憲法にも歴代自民党政府の公式見解とも全く相容れない立場を公言し、先の戦争を「アジア解放の戦い」であったと国際社会で通用するはずのない『聖戦』史観を唱えているのである。


アジアで2,000万人以上、日本で310万人の死者をもたらした第二次大戦を踏まえて、の曲がりなりにも続けられてきた政府の公式見解を安倍首相は2013年12月靖国神社参拝に際して「いとしい我が子や、妻を思い、残してゆく父、母に幸多かれ、ふるさとの山河よ、緑なせと念じつゝ、貴い命を拝げられた、あなた方の犠牲の上に、いま私達が享受する平和と繁栄があります。そのことを片時なりとも忘れません」と述べた。

戦争と悲惨と無念の事実と向き合わず甘い情緒的な言葉で「美しい日本の兵士」像をを作り上げている。


「ただひたぶるに平和を希求する一本の道を、日本は一度としてぶれることなく、何世代にもわたって、歩んできたという「美しい日本人」という幻を維持する為に安倍首相は過去と向き合うことが出来ないでいる」と結んでいる。