空海の風景(下) 司馬遼太郎より
その中に榊莫山が「女のひとでも写真うつりのいい人があるでしょう。空海の書は実物より写真の方がいい。とくに風信帖などはそうでないか」「それに書くたびに書体も書方も変えていてどこに不変の空海が在るのかじつにわかりにくい」と述べられている箇所について、知人からどういうことかとの質問を受けた。
「空海の書は実物より写真の方がいい。とくに風信帖などはそうでないか」はあくまで榊莫山の意見であって必ずしも正しいという訳ではない。
今から30年程前に中国からの拓本の展覧会をみる機会があり、その中に「礼器の碑」があった。
それまで見慣れてきた写真版の「礼器の碑」とは別物の「礼器の碑」がそこに現出していたのである事に激しい衝撃を受けた。実物にしかない格調の高さと美しさがそこにはあったのである。
私は「風信帖」は一度しか見ていないが、当代一流の思想家空海の人格そのものを現わした存在感に充ちた書であり、写真では到底表わすことの出来ないものであると確信している。
莫山の言っている事はどういう事かとの問いは総ての物事について言える事であり、自己が過去に蓄積した知機と感性を総動員して理解、判断する以外にない。それは「集団的自衛権の安保関連法案」しかり「原発」しかりである。
さて私は初唐の三大家の一人「欧陽詢」の九成宮醴泉銘を最も好み41年来臨書を続けているが欧陽詢の書のどこが美しいかを先ず理解しなければ自分の目指す「私の欧陽詢」は書けないのである。
また不変の書については風信帖が810年~823年に亘る3通の消息文であり、その間に書法が変るのは当然であり不変の物事など世の中にあり得ない事を理解しない考え方と言わざるを得ない。
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