新シリーズ 私の好きな音楽家(歌手編)その1  デートリッヒ・フィッシャー・デスカウ

はじめに
1950年代半ばにバイロイト音楽祭で「ニーベルングの指輪」全曲を録音で聴いて以来、
声楽好きとなって今日に至った。(途中20年のブランク)
20世紀は名歌手を多く輩出した。この不世出の歌手達と同じ時代を生きたことに今に
なってこの上ない喜びを感じるのである。
ここで名歌手達のほんの一部だが振り返ってみたい。

 

1. デートリッヒ・フィッシャー=ディスカウ(バリトン歌手)
1925年5月ドイツ シェーレンドルフ生れ。2012年5月18日死去
音楽家の両親を持ち、1947年復員後大学のホールでブラームスの「4つの厳粛なる
歌」でデビュー、その後の活躍によって「戦後最高のバリトン」と折り紙をつけら
れるに至る。以来ヴェルディ、モーツアルト、ワーグナー、グノー等のオペラ、バッ
ハのカンタータ、ブラームスの「鎮魂ミサ曲」等に亘る歌曲、ベートーベン、ヴォ
ルフとしらみつぶしにすべて研究。向うところならざるものなしの快進撃を続けた。
中でもリートは素晴らしい。リートの巨人といえばフィッシャー・ディスカウとエ
リザベート・シュワルツコップが世界に屹立する存在であるのは衆目の一致すると
ころ。シューベルトの「冬の旅」は5回に亘って録音されている。
1955 ,1962、1972年(いずれも伴奏はジェラルド・ムーア)。
1965(イエルク・デームス)、1979(ダニエル・バレンボイム)。
私の持っているのは62年と72年(ムーア)である。どちらかといえば62年37歳の
時の歌唱が好きである。甘い美声にも拘らず、極力これを抑制して歌っているが、
抑えても沁み出してくる若者の苦悩が、72年の完成期に比べて心を打つのだ。

私の持っているシューマン「詩人の恋」録音1974年1月
      クリフトス・エッシェンバッハ指揮 マーラーの「さすらう若人の歌」。
76年4月     フェルトヴェングラー指揮「亡き子をしのぶ歌」。
62、78年 ウイルヘルム・ケンプ伴奏 シューベルト「美しき水車小屋の娘」。
61年  ジェラルド・ムーア  ファウエルコンサート 67 があるが、
あと1枚「シューベルト歌曲集」ザルッブルグ音楽祭ライブ録音(ジェラルド・ム
ーア伴奏)がフィッシャー・ディスカウを最も知る事の出来る1枚であろう。