硯の話 その1

硯の話 その1
30歳台半ばから書を習い始めた。8吋の羅紋硯を使用していたが、5年程して実用以外の硯を始めて購入した。10吋程の澄泥硯(ちょうでいけん)である。
今見ると焼成したものではなく、自然石で当時は澄泥硯であると評せられていた。
その後、硯作家明石良三氏と識る事となり、笠間の工房で氏の作る本物の澄泥硯をみる機会を得て制作過程も知る事が出来た。
先ず素材の土は中国から輸入、中国は黄砂の国で粒子が細かい土があって、殷時代の青銅器制作の鋳型はこの土あってこそ出来たのである。この土を桶に入れて良く撹拌し、沈殿したものは捨てゝ、水中に浮遊する更に細かい粒子の土を乾燥させて、これに接着剤となるべき物質を加えて成型する。これを天日干しにすること数ヶ月して、いよいよ焼成に入るが、釜の中で最初100度程で加熱し少しづつ温度を上げて焼いていく。硯の厚みから表面と中の部分の温度差で亀裂するのを防ぐ為だが、それでも3分の1は亀裂が入って商品にならない。
形は円形状の硯板が大半で、出来上がった作品は数年に1回の割りで麻布飯倉の会場(ウナックサロン)で展示販売された。決して安くはない値段であったが、いつもほとんどが完売であった。名前は「尋花澄泥硯」と銘打っていた。澄泥硯は過去に青木木米が作っていたとも云われるが、定かではなく、現代で澄泥硯を作っているのは中国でも、日本でも明石氏唯一人であろうと思われる。
私の手許に3面保有している。彼は硯以外の作品は作っておらず、その傍らで松煙墨を趣味的に造っていた。 No.614