1938年6月中旬のパリを背景として物語はすゝむ。パリの高等学校の哲学教師マチュ・ドラリュを主人公とし、その恋人マルセル・デュフィ、マチュの教え子ボリス・セルギン
その姉イヴィッチ、友人で共産党員ブリュネ等が登場する。
マルセルは小さなアパートに母と暮らしていてマチュとの関係は7年になり、週4回マルセルのアパートに会いに来る。
マチュは生活費を工面するのに四苦八苦している。「俺はマルセルの為に何一つしてやらない」と忸怩たる想いを常に抱いている。マルセルは妊娠していた事をマチュに告げる。マチュは「そんなら堕したらいいだろう、いやかい」と応ずる。
堕すのには4,000フランが要る。マチュは心当たりを皆当たるが皆断られ、やっとみつけたユダヤ人の婦人科医は近くアメリカに出発すると言い、2日のうちに現金なら引き受けるとの事。進退窮まったマチュは19才のボリスの40半ばの愛人ローラの金を盗むのである。一方でマチュは友人ブリュネに入党の勧誘を受けるが「僕は最後には実在の感覚を失いそうなんだ。なに一つ僕にはもうまったく本当らしく見えないんだ」「僕に入党は出来ない。それをするだけの十分な理由が自分にはない」と語り入党を断る。
彼はブリュネの前で不決断で下手に年を取り、半分生(な)まであらゆる非人間的なめまいにとり囲まれて存在している。「おれはまさしく人間らしい様子をしていない」と自分をみつめる。
マチュとマルセルの共通の友人ダニエルがマルセルに問う。「あなたは本当に子供を欲しくないと思っているんですか?」マルセルの体の中を貫いてすばやくかすかに崩れるものがあった。マルセルは「ダニエル、あたしのことを心にかけてくれるのはあなただけだわ」と自らの本当の気持に気づく。
ダニエルはマチュを訪ねて「僕はただマルセルとの結婚を知らせたかったんだ」「マルセルは僕の申し出にすぐにとびついてきた」と語る。そのあとダニエルは「マチュ、僕は男色者なんだ」と打ち明ける。マチュは「おれはひとり残された」と思った。「誰ひとりとしておれの自由を束縛しなかった。おれの生活が自由を呑みほしたのだ」彼は思った。
無駄だ。まさしく人生は無駄に彼に与えられた。彼は無駄な存在であり、しかもはや変わり様がない。そのように彼は出来ていた。
この物語のすべてはマチュの内的独白で成立している。
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1938年のスペインの状況(小説の背景)
1936年7月共和諸派による政府を組織スペイン人民戦線政府の誕生である。この政府に対して軍部、右翼諸勢力が起こしたクーデターに対しいち早く対処したのは労働者でスペインの2大労働組合であるアナキスト系の労働全国連合と社会党系の労働総同盟は武器を労働者に分配する事を要求、政府は労働者団体を武装することに決定。反乱軍は7月20日までにほとんど鎮圧された。しかしモロッコで蜂起に成功したフランコ将軍が反乱軍で指導権を握るやドイツ、イタリアに援助を要請。ドイツはフランコ側に経済援助を5億4千万マルクを供与、1万の兵力をスペインに送る。イタリアはドイツの2倍の68億リラを援助、7万2千人の兵力を送る。サラザール独裁のポルトガルは国土をドイツ、イタリアの輸送路として提供、フランコ軍のクーデターは短時日のうちに国際的内戦へと拡大した。
1938年9月ヒトラー、ムッソリーニ、チェンバレン、グラディエ(仏)の各首脳が集まりミュンヘンで会談がひらかれた。チェコのズデーデン地方をドイツに割譲することを決定。これにより一時的に全面戦争の危険が回避された。チェンバレンは「われわれの時代の平和」を唱えてイギリス国民の賞賛を浴びた。しかし小国の犠牲の上に平和を得ようとする英国の両国の対ナチスドイツ宥和政策の典型とされる。
パリの状況、従ってこの物語の1年半程でフランスはドイツに占領されるのである。従ってその危機感はパリに充満していた。ミュンヘン会談は見せかけの平和な時期だったのである。