2018年9月16日付けで 私の好きな歌手その9「コラ・ヴォケール」を取り上げました。その中で『アンドレ・クラヴォーはシャンソン歌手に珍しい甘い美声の落ち主で
「パパと踊ろうよ」で父と幼い娘とのデュエットがある。またルイ・アラゴンの詩に
よる「エルザの瞳」はその底流に民主主義渇望の思いをこめて絶品の歌唱である』と
紹介した。
今回その続きとしてその詩「エルザの瞳」を作った詩人ルイ・アラゴンについて加藤周一の著作集2から紹介します。
ルイ・アラゴンについて
1.加藤周一は著作集2の「途絶えざる歌の中」で抵抗の文学を語るには何よりもまず
詩からはじめなくてはならないが、誰よりもまずルイ・アラゴンから始めなくてはなら
ない。ナチス占領下のフランスの代表的詩人は、その仕事の量において、また質におい
て衆目のみるところ等しくアラゴンであった。
その大胆で、誇りにみちた作品は、彼の詩作の原理がなんであるかを端的に示している。
抵抗の詩集は憎悪ではなく怒りの、正しく人間的な怒りの作品であるといえよう「傷心」「エルザの瞳」「フランスの起床ラッパ」「祖国のなかの異国にて」に至る彼の詩集ほどあきらかに語っているものはない。憎悪は愛とともにありえないが、怒りは愛とともに、むしろ愛に支えられてはじめてあり得るものだ。
フランス人に、フランスに対する愛がなければ、フランスをふみにじるものに対する怒りもなかったはずであるし、拷問と強制労働に対する反抗はありえても、あのように堂々たる人間的な怒りに支えられた抵抗はありえなかった筈である。憎悪は人を盲目にするが、怒りは人の目をひらく。
詩人アラゴンが怒れるフランス人ではなく、憎悪に燃えるフランス人であったならば、彼の詩集が祖国愛と人間愛とを同じものとしてうたることも、そのことばをあれほど美しく鍛えることも出来なかった筈であると述べている。
2.第一次大戦後、アンドレ・ブルドンを中心におこった超現実主義のもっとも輝かし
い一人としてアラゴンは登場したが、超現実主義から大衆が離れた事と、マヤコフスキーと接触することによって超現実主義を克服。「社会主義リアリズム」に転換したが、詩
作はかっての輝きを失っていった。ダンケルクを境としてうたをとり戻す。
「傷心」についてアンドレ・ジードは「アラゴン、彼の初期の作品は俺たちを驚嘆させた。次期の作品最近までの作品は、それほど、或いは全然われわれを喜ばせなかったばかりか、その或るものは彼が文学にとって永遠に失われたのではないかと心配させるほど
われわれを呆れ返らせるものだった。
ところが彼はおそらく誤謬をみずから悟ったらしい。ああ、彼ははるばる帰ってきたのだということが出来る」と語った。
3.エルザの瞳
ロシア生れの小説家エルザ・トリオレは抵抗の間もアラゴンの良き伴侶であった。
アラゴンは彼女への愛を、ダンケルクの砲煙弾雨のうちにうたった。
『僕は叫ぶだろう 僕の愛を・・・・
ぼくは叫ぶだろう 弾丸よりも強く
傷ついた人々よりもまた溺れゆく人々
よりも
ある美しい夕暮に世界は砕けた
遭難の人々の燃えあがらせた暗礁に
わたしはみていた海の彼方に輝いている
エルザの瞳 エルザの瞳 エルザの瞳
わが愛の名はたゞ一つ若き希望が
それである
わたしはいつもみつけだす
その新しい交響を
苦しみの底でそれを聞く 君たち
フランスの美しい子よ眼をあげよ
わが愛の名はただ一つ わが頌歌は
今終わる』
こうしてアラゴンはその詩的天才を抵抗の戦いそのもののなかに実現したのである。