「アガメムノン」 アイスキュロス作
時はアルゴスの王アガメムノーンの居城で10年続いたトロイアーとの戦争でついにイーリオン陥落の日である。そもそもトロイアーとの戦争はスパルタ王メネラオスの王妃で絶世の美女ヘレネがトロイヤー王子パリスに奪い去られた事に起因し、ヘレネを奪回すべくメネラオスの兄アルゴスの王アガメムノーンを総大将として10年間の攻囲の後、トロイヤーが灰燼に帰した戦争である。スパルタ王女ヘレネを求めてギリシャ中から英雄が集まりヘレナが指名した婿に将来災難が起きた際にはすべての求婚者がその夫を援助することを誓い合った為に求婚者たちはこの戦争に参加したのである。絶世の美女とは云え尻軽女一人の為に甚大な被害とギリシャ全土に及ぼしたアガメムノーン兄弟に対する怨念の気分が、ギリシャ全土に存在していなかったとは云い難い。コロスは語る「あとに残るは顔を歪め、いつかは必ずと陰謀をめぐらすのは女主人、わが子の命の償いを行うまでの日を恨みを凝らす復讐の女神」とクリュタイメストラーを語る。
いち早く戦勝の報を受けたアガメムノーンの妻クリュタイメストラーはトロイアー軍の夫、子供を失って嘆き悲しむ女達、女、子供老人達の姿、疲弊して土に横たわる兵士達を生々しく語る、その描写力の凄さにコロスの長老達は圧倒される。
やがてアガメムノーンの登場となり、彼は神々に向かって帰国の挨拶を述べ、トロイアーの都イーリオンの町が灰燼に帰したことを報告するが、彼は戦争を通じて人間に対する深い不信の念を抱いて帰国している。クリュタイメストラーは夫の帰国と戦勝を大仰に喜んでみせ、紫貝の紅で染めた織布の上を歩かせようとする。本来織布は宗教的儀礼に用いるもので、その上を人が歩くなど許されるものではなかったのである。アガメムノーンは妻の言葉を自分に対する礼賛かと勘違いし「自分を神のように崇めないでくれ」と応ずる。
妻の真意は、これは宗教的儀式であり、夫をその為の犠牲にする目論みであったのだ。アガメムノーンの退場のあと、トロイアーの王女であり巫女のカッサンドラが引き出される。カッサンドラは自らの心に映ずる事を言葉にする。それはアトレウス家(アガメムノーンの一族)にまつわる血で血を洗う身内の争いであり、宮殿の中でやがて行われる殺人であり、又我が身とトロイアーの悲運を嘆く事であり、自らの死を予告する。カッサンドラはすぐさま切り殺される。アガメムノーンは浴槽の中でクリュタイメストラーの手によって刺殺される。彼女はコロスの長老達に「アガメムノーンは奴隷のような死にざまに逢ったとは思わない。何故ならば、わが家にたくらみを仕掛けて破滅をもたらしたのはこの男ではなかったか。この男との間に育った私の若木、嘆いても嘆いても尽きないあの娘、私のイーピゲネィアを殺害した男、今それに見合った仕打ちを身に受けた事を黄泉にいって大声でわめき散らす等心得違い。刃のもとに果てたのは己の蒔いた種を刈り取ったまでのこと」とコロスの長老達の難詰も嘆きも、自信に溢れて冷然と退ける。アガメムノーンの凱旋の場面でのコロスの言葉は戦勝を称える言葉はなく、ギリシャ全土の遠征軍の兵士の故郷の実情、人の命を黄金で商う軍神アレースへの呪詛、正義の戦いとはいえ、これ程の血が流されたとあれば、それに対する何らかの社会的な償いが、求められるのではないかとの危惧の念が吐露されている。
やがて7年後成人して帰国したアガメムノーンの息子オレステスの復讐の刃の下、クリュタイメストラーとアイギストスは倒される。親殺しの罪を犯したオレステスは復讐と刑罰の女神たちユリーニユエスに追われ、諸国を放浪し発狂する。
☆クリュタイメストラーの動機は何か。
イ.予言者カルカースの占いに従ったとは云え、対トロイアーとの戦勝を神に祈る行事の人身御供として娘イーピゲネィアが犠牲とされたその復讐。
ロ.夫の従兄弟アイギストスとの情事が複雑に絡みあっているようである。
☆アイギストスの動機は何か。
アガメムノーンの父アトレウスによって二人の兄は殺害され父は追放されており、その復讐を誓っていた。アガメムノーンを恨む二人がやがて情を通じて事を起すのだ。情欲と権力欲とが二人を結びつける根拠であることがやがて明らかになる。
ギリシャ悲劇の数々はヨーロッパの文芸の中に深く浸透しており、文学者も繰り返し取り上げており、映画の中でも上映が多い。
ジロドウは1937年5月13日 パリのアテネ座に於いて、ルイ・ジュヴェ演出の下「エレクトル」が初演されている。オレステスと姉エレクトラの復讐物語に取材したものである。
サルトルは「蠅」でこの復讐劇を初の長編戯曲として作品化しており1943年シャルル・デュラン演出により初演されている。この作品でサルトルは「神でさえ一度爆発した人間の自由を前にしてはいかんとも為し得ない」と宣言している。神ゼウスの「良心の可責」の脅しにもオレステスは一毫もひるまない。この上演は占領下の巴里人に多大の感銘を与えた。時代が生んだ輝かしい人間賛歌である。
第二次世界大戦の折ユダヤ人から数千通の助けを求める嘆願書がローマ法王の元に送られてきたが、法王はこれを黙殺した。まして第二次大戦を止めるべく何らかの行動を起こしたことはない。世界中に数十億の信者を有していたキリスト教の頂点に立ち、大きな影響力をもっていた人物であるのにである。サルトルはこのことに絶望していたのではないか。宗教は人間の生きていくうえで何の役にも立たないことを痛切に実感したのであろう。
映画「旅芸人の記録」(ギリシャ)1975年ラオ・アンゲロプロス監督作品。「アガメムノーン」の登場人物と同じ名前を背負った彼らは名前の通りあの悲劇をこの現代の時間の中で見事に再現している。
(注)コロス(合唱隊)は12名の市民によって編成され、アガメムノーンの王国アルゴスの長老職という配役である。劇の進行に直接、間接に関与し、劇の進行に重要な役割を担っている。