『 波打ち際に古びた菅笠が所々に動いている。
岩礁のつづく遠い岸に砕けた飛沫があがると次々に飛沫が近づき、伊作の立つ岸の海水もにわかにふくれ上がって岩に突撃すると散った。』
で始まるこの作品はたちまち吉村の世界に我々を誘い込む。焦点を当てられているのは父が3年契約でうられており、残る母と伊作、弟の磯吉、妹のてる、かねの4人である。
貧しい漁村で作物も殆んどとれない漁だけでは生活が出来ずに17戸のいずれの家でも男、女に拘らず何人かは金で売らねば生活が成り立っていかない。
小説の中心には「お船様」がおかれ、冬の海が荒れる頃に米を積んだ船の座礁を狙った夜の塩焼きが行われるし、米を中心に船に積まれた品々の略奪は村の幸福の為に欠くことができない。この事は村の秘密として厳格に守られている。
しかしある船の座礁は村に災厄をもたらす、天然痘だ。これが村を不幸のどん底に落とすのだ。いつの時代かは不明である。完全に封鎖された社会の中で、個人の生活は村社会と一体化しており、生き延びていく上での協力、共同は不可欠であり個人の秘密などは存在しない。自分達の略奪行為に怯えながらもそれを頼りにせずには生きていかれないのだ。
極力余分な文章を一切拝した乾いた文体はここでも吉村昭の特徴を良く表しており、心情的な表現は切り捨てゝいる事で登場人物の現実をよりよく表している。
いつも文章はこうありたいと思わせる文体である。