心に残る石佛

1.綾瀬 観音寺の石佛

足立区綾瀬の駅近くに観音寺はある。

改築されて間もない寺の境内はよく整備されて、気持ちが良い。訪れた時期は新選組が京都から逃れた一部がこの地に隠れ住んだとの事で、町中に幟旗がそこここに立ち並んでいた。観音寺には篤志家で寺との結びつきが強い数軒があり本堂建設には巨額の寄付金が寄贈されていた。個人の墓に見事な観音菩薩の石佛があり(80㎝程)制作年は寛文12年(1672年)2がつとあった。アメリカ独立宣言による建国1776年より100年以上も前に造られたもので保存状態も良く、まことに美しい石佛である。

 

2.鎌倉の石佛

鎌倉 露座の阿弥陀如来座像のある高徳院の入口近くの向かって左側にポッンと建つ小さな地蔵菩薩がある。ほとんどの人が気にもとめていないで通り過ぎて行く。しかし風雨に曝されて目鼻もさだかでないこの小さな石佛には、何とも言えない風情がある。

 

 

3.京都石峰寺 (セキホウジ) の石佛

伏見稲荷の西に位置して、人の訪れる事も稀な寺であるが、伊藤若冲が天明の大火によって居宅を焼失し、石峰寺の門前に隠棲、その地で下絵を描いて石の羅漢像を実に千体余造らせた。現在その半分程が残っている。奇想の画家の描いた石佛群は、まことにユニークで不可思議で、楽しく又愛らしい。いつまで見てもいても飽きる事がない。若冲の面目躍如の作品ではある。

 

4.赤山禅院の石佛 4

京都左京区修学院離宮から徒歩20分~30分程のところに神佛習合の趣がある赤山禅院はある。 11月には数珠供養が行われる。 境内には数10体の石仏群が並べられており、年代はそれ程古くはないようであるが、造られた時代は同時代にみえる。 観光客もほとんど目にとめる人は無いが仲々の優品揃いである。190、136.134、127



 

5.文京区の浄心寺の石佛 

文京区白山から徒歩10分程に浄心寺はある。 このあたりは寺町で本郷通りの西側には多くの寺院が建ち並んでおり、そのいずれもよく整備され、きれいに掃き清められている。 浄心寺は門前に赤い衣を纏った巨大な布袋像が立ち、どこやら毳毳(ケバケバ)しい境内には中曽根康弘氏が寄贈した鐘が吊るしてあり何やら、目立ちたがりと、名誉や金銭を好む寺である事を思わせる。 本堂の左奥に無残にコンクリートで塗りこめられた30~40体の石佛群が供養塔として存在しているが、そこにお目当ての石佛がある。 真誉西念法師、明和9年壬辰天6月11日と記されており、1772年の造りである。

長年の風雨で摩耗しているが、私の長年拝観してきた石佛の中でも白眉の一体である。 本来であればコンクリートから外して一体として安置して欲しいと何回も訪問する度に思うのである。

 

6.神護寺の石佛

京都右京区高雄にある真言宗の寺であり、ここに平安時代の榧の一木で作られた薬師如来は平安時代の作で、その力感溢れた存在感に圧倒される。 美しい楓の名所でもある。 何回か通ったが本堂の右側堂々たる石佛 不動明王 が屹立しているのを全く見落としていたが、まことに威風堂々とした不動明王であった。

 

7.金蓮院の石佛 2体

金蓮院は葛飾区東金町3丁目にある和田家の菩提寺、法護山金剛宝寺金蓮院は真言宗の寺で永正年間(1504年~1521年)の創建と言わる。愛染明王が鎮座していて私が子供の頃から見続けきたもので、仲々の優品とみた。 傍らに立つ説明書きによれば宝永7年(1710年)二十六夜待講中の人々二世安楽を願って造立したもので三目六臀像(目が3つ、腕が6本)で中央の第一手左に鈷鈴、右手に五鈷杵、下部の第二手左に弓、右に矢を持ち、上部の第三手左が拳をつくり、右に蓮華を持つ形である。

 

8.南蔵院の石佛  2体

葛飾区南水元にある南蔵院は本所小梅から中之郷八軒町に移転、関東大震災によって更に当地に移転した「しばられ地蔵」で有名な寺である。 ここに幾つかの石佛があった。 中でも観音菩薩立像が、端正な姿で美しかったが、その後寺の整備が行われ石仏群は一掃されて今は見る事ができない極めて残念である。237,213


 

9.神戸の石佛

神戸異人館の中の庭にこの石佛が安置されていたが、そこに立ち入る事はできず詳細は不明であった。

 

10.北白川の愛染明王

アメリカの友人から依頼された雪見灯籠を探して京都北白川まで出かけたが、満足する物が見付けられなかったが、この愛染明王が面白かった。208

 

11. 隠岐島の石佛 3体

隠岐島は後醍醐天皇が流された地であるが、現地にはその痕跡はほとんど見当たらない。後醍醐天皇はその後隠岐の島を脱出し鎌倉幕府を倒し(建武の中興)皇武合体の政府を樹立したが2年で崩壊した。島に何体かの石佛が点在している。187、188、189


 

12.熊野古道の石佛 172

 

13.大分県臼杵の石佛

国東半島の田染地方には胎蔵寺があり、その付近には多くの石佛群がありその中の道端に置かれていた石佛である。造られた年代は不明。

 

 

14.葛飾区の浄心寺の石佛 

浄心寺は新宿(ニイジュク)2丁目にある。浄土宗林光山称名院と号し、芝増上寺旧門末 慶長19年(1619年)起立とも云われる。

墓地内の阿弥陀三尊は優品である。


境内に清水巡査部長の墓がある。
昭和11年2月26日陸軍内部の皇道派青年将校は武力によるクーデターを図り、1400人余の部隊を出動させて国会、首相官邸一帯を占領し陸軍上層部に国家改造の断行を要請、2.26事件である。墓背面の碑文によれば、当時警視庁巡査部長の職にあった清水與四郎は総理大臣官邸警戒勤務中に、この事件に遭い機関銃などの乱射を受けて死亡。
この事件の責をとり岡田啓介内閣は3月に総辞職。

岡田啓介によって6月この墓碑が建立された。 

 

 

15.光増寺の石佛

光増寺は葛飾区東金町6丁目、葛西神社の北200m程旧水戸街道の左側にある。正式名称は浄土宗摂取山蓮池院光増寺と称する。

 

16.葛飾区 新宿(ニイジュク)の路傍に立つ石佛 

 

17.中国の石佛

 

18.我家の庭の石佛

我家で手に入れた地蔵菩薩であり、20年程経ってやっと我家の庭に馴染んできたようである。